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新潟地方裁判所 昭和40年(わ)348号 判決

被告人 渡辺惣次郎 高橋正治

主文

被告人渡辺惣次郎を禁錮一〇月に処する。

但しこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

被告人高橋正治に対する昭和四〇年一二月七日付及び同渡辺惣次郎に対する同年一二月九日付公訴提起にかかる各公訴事実については、被告人両名は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人渡辺は、新潟市中山一三〇番地の自宅において、政治経済新聞社を経営し、月刊新聞「政治経済新聞」の編集発行をしており、昭和四〇年一一月一四日施行の新潟県知事選挙に際しては、同選挙区の選挙人であつたものであるが、右政治経済新聞は毎月一回だけ号を逐つて発行するもので、公職選挙法第一四八条第三項に定める条件を具備していないため、告示以後投票日までは同紙に当該選挙に関する報道及び評論を掲載できないのに、選挙運動期間中である同年一一月上旬ころ、同選挙に立候補した塚田十一郎に当選を得しめる目的をもつて、その特殊な地位を利用し、同年一一月一日付第一五六号の同紙上に「神聖な知事選挙を汚したユーレイ新聞新潟タイムスの仮面を暴く」「県下全有権者に訴える、報復手段はとるな、立派な塚田知事の態度」などと題し、右候補者の態度を讃える等選挙に関する報道及び評論を掲載したものである。

(証拠標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人渡辺の判示無資格紙の報道及び評論掲載の行為は、公職選挙法第二三五条の二第二号、第一四八条第三項に、判示地位利用による不公正な報道及び評論掲載の所為は、同法第二三五条の二第三号、第一四八条の二第三項(以上につき罰金等臨時措置法第二条適用)に該当するが、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段、第一〇条により重いと認める地位利用による不公正な報道及び評論を掲載した罪の刑によることとし、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期範囲内で同被告人を禁錮一〇月に処し、情状により同法第二五条第一項によりこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予することとする。

(無罪の理由)

被告人高橋に対する昭和四〇年(わ)第三五二号、同渡辺に対する同年(わ)第三五四号各公職選挙法違反の公訴事実は、それぞれ別紙昭和四〇年一二月七日付及び同月九日付公訴提起にかかる各起訴状記載のとおりである。

そして右各公訴事実に対する罪名並びに罰条は、それぞれ公職選挙法違反、同法第二二三条の二第一項、第一四八条の二第一項、第二項、第二二一条第一項第一号、第四号と記載されているのであるが、当裁判所の釈明によると、本件各訴因は同法第二二三条の二第一項、第一四八条の二第一項、第二項のいわゆる言論買収を起訴したものであつて、事実記載中「供与の申込、約束」等の文言は経過的事情を記載したものにすぎず、またその余の罰条も通常買収を独立の訴因として公訴提起した趣旨ではなく、本件各訴因は前記言論買収の単一訴因のみであるという。よつて以下右趣旨において判断を加えることとする。

〈証拠省略〉を総合すると、

(一)  当裁判所の認定する争いなき事実

被告人渡辺は政治経済新聞社を経営し、月刊新聞「政治経済新聞」の編集発行人として、その事業経営を単独で行つているもの、被告人高橋は自民党県連副会長で、前記選挙に際し、知事選挙対策委員会副委員長となり、同選挙に立候補した塚田十一郎のいわゆる側近として公訴事実記載の塚田後援会連合事務所の実質的最高責任者であつたもの、そして被告人両名は現職の新潟県知事塚田十一郎が同選挙に立候補する意図を有していたことの認識があり、かねてから同知事を支持して、その再選を期待していたこと、被告人渡辺が「塚田県政読本」及び「政治経済新聞一〇月一日付第一五五号」を発行し、その掲載記事が同選挙に関し塚田のため有利な報道及び評論であつたこと並びに昭和四〇年一〇月六日、公訴事実記載のとおり被告人ら間に源川旅館において現金三三万円の授受があつたことが明認できる。

(二)  右現金授受の経緯について

(1)  被告人渡辺は、かねてから塚田支持の態度をとつていたところから、昭和四〇年二月ころ、政治経済新聞創刊一〇週年記念出版として、塚田知事の人物、在職四年間の業績、塚田県政の方針等をまとめ、同知事を賞讃する内容の「塚田県政読本」の発行を企画し、同読本を同年九月ころ出版する旨右新聞紙上に社告し、その後同企図に基づき取材活動を始めるとともに、塚田支持の被告人高橋を含む政治家及び財界人らから右出版に対する協賛料名下に資金を募り、出版資金約六〇万円を集めた。右企画当時来るべき一一月の知事選挙には塚田の独走態勢で再選されるものと考えていたが、同年六月の県議会において塚田県政に対する批判攻撃が活溌となり、同年九月県議会においては更に一段とその攻撃を激化し、対立候補として元新潟県副知事吉浦浄真の立候補声明等に及ぶや塚田知事の私生活をめぐり悪質宣伝文書も出現し、選挙状勢も緊迫化と乱戦模様を呈してきた。ところで同新聞社は被告人渡辺の単独経営であつたため、右読本の取材編集が予定どおり進まず、かつ、右知事選挙の激化に伴い頭初の方針を縮小するとともに、右知事選挙の状勢を反映した選挙記事を加え、内容三二ページの小冊子とし、昭和四〇年九月二〇日ころから同月二五日ころにかけて逐次その原稿割付を福栄印刷株式会社に廻し、読本三、五〇〇部及び帯封三、〇〇〇枚の印刷を依頼した。

(2)  同年九月二〇日ころ、被告人渡辺は前記塚田後援会連合事務所の被告人高橋を訪れ、同人に対し、右読本五、〇〇〇部(一部一〇〇円計五〇万円)の売込みを交渉したが、高額のため資金難を理由に断わられ出版の中止を勧告された。

しかし被告人渡辺としては、企画出版として既に費用と労力を投じて努力したものであり、かつ、その内容も塚田知事の人物及び四年間の業績を賞讃したもので、塚田の選挙参謀と考えていた被告人高橋から五、〇〇〇部程度の纒つた部数の注文を期待していたため、右の趣旨並びに自己の立場が塚田一辺倒で二股をかけない旨を述べ、その後も再三にわたりしつように売込みに当つた。そのころ前記の如く塚田知事をめぐる選挙状勢も緊迫化していたため、各地の塚田後援会から塚田後援会連合事務所に対し、悪質宣伝文書に対する反ぱく文書の要望が頻りに寄せられ、被告人高橋もその報告をうけていた事情等も加わり、同月二七・八日ころの第三回交渉時において、被告人高橋も被告人渡辺の要求を受け入れる気になり、その結果右読本二、〇〇〇部を二〇万円で購入することとしたが、その際被告人渡辺が売込予定の部数をかなり低下して不満を漏らしたところから、被告人高橋において雑誌よりも新聞の方が読みやすいし安く上る旨の発言をしたため、更に被告人渡辺から次号発行の政治経済新聞一〇月一日付第一五五号一万部を代金一二、三万円で買つて欲しい旨の申出をうけ、一応値引交渉がかわされた末、被告人高橋も読本の部数を減少した手前折れて出て、同新聞一万部を代金一三万円で買いうける旨売買契約が成立し、右各代金は現物納入後支払うことに約定した。

(3)  右契約成立後、被告人渡辺は政治経済新聞第一五五号に掲載する一部未済原稿を急遽他紙の記事を継ぎ合わせるなどして作成して割付し、同月二八日ころ万代印刷株式会社に同新聞の印刷を依頼し、同月末ころの校正後、同新聞の印刷部数及び帯封を各三万枚と指示した上、同年一〇月五日ころ、被告人高橋に対し前記読本買受けに対する好意と塚田当選時における利己的思惑から、右万代印刷株式会社から塚田後援会連合事務所に契約部数を超えて同新聞二九、七〇〇部及びその帯封を届けさせ、また前記読本は福栄印刷株式会社において、同年九月二五日ころから印刷され製本所に廻された上、同年一〇月一日ころから同月五日ころにかけ約三回にわたり、同印刷会社から被告人渡辺に帯封とともに納付され、そのころ右読本二、〇〇〇部が帯封とともに塚田後援会連合事務所に届けられた。

(4)  被告人高橋は、同年一〇月五日ころ、前記読本及び新聞第一五五号が塚田後援会連合事務所に届けられたことを知つたが、右新聞が契約部数を超えて届けられたことを知らず、そのころ事務職員に指示して配付せしめ、同月六日前記源川旅館において現金三三万円を被告人渡辺に交付した。以上のように認められる。

(三)  「塚田県政読本」と「政治経済新聞第一五五号」について

(1)  「塚田県政読本」は政治経済新聞社から政治シリーズ第一集として発行されたもので、その呼称から回を逐つて発行されることが窺えないでもないが、右読本は同新聞創刊一〇週年記念として出版されたものであつて、月刊その他短期間に定期的に繰り返し発行される性質のものとは到底認めえないので、公職選挙法上にいう雑誌には該当しないものと考える。とすると右読本については言論買収罪の対象とはならないのであるが、しかも右読本は被告人渡辺において、記念出版としてその資金収集も終り発行必至のものであつたものであるばかりでなく、被告人ら間に右読本の売買契約が成立したと認められる昭和四〇年九月二七・八日ころには、既に福栄印刷株式会社において印刷に付されており、右契約成立により同読本の掲載記事には何らの変更もなく、また被告人高橋においても同読本の記事内容を具体的に知悉し、同選挙に関し特に塚田のため有利な報道及び評論を掲載さすべく具体的指示もなかつたのであるから、右契約の成立による読本の掲載記事に対する影響は何ら存しなかつたものというべきである。

(2)  政治経済新聞第一五五号は、被告人渡辺の検察官に対する昭和四〇年一一月一八日付供述調書によると、前記読本二、〇〇〇部の売買成立後、一、二日おいて改めて売込み交渉をし、同新聞一万部の売買契約が成立したように述べられているが、被告人らの当公廷における各供述によると、同新聞一万部も右読本と同一機会に前後して契約が成立したものと認められる。そして右契約成立時同新聞がまだ全部の編集割付を完了していなかつたことが明らかである。

ところで被告人渡辺の新聞経営事業は前記の如く単独事業であつて、その割付完了までには約二週間を要するというのであるが、継続発行の新聞である性質上相当期間の準備日数は当然必要というべきであるから、少なくとも一日、二日では全部の編集割付を完了することは至難であると認められる。そして被告人渡辺は、同新聞一万部の売買契約が成立するや、即日一部の原稿を急造して紙面を埋め、その日ないしは翌日割付の上万代印刷株式会社に印刷を依頼したものと認められるので、右契約成立時には既に原稿、編集、割付がほぼ完成段階にあつたものと認めるのが相当である(被告人渡辺の司法警察員に対する昭和四〇年一一月一二日付(記録六五四丁以下)及び同月一六日付各供述調書を総合すると、契約後一部作成した記事は、証拠上確定はできないけれども、その時間的制約、他紙利用及び完成順序から考えるに「知事選挙に異常な斗志」「吉浦推せんで一致しない民社と総同盟」と題する部分のように思われる。もしそうだとすると、それが同選挙に関する報道及び評論に該当するにもせよ、右記事は他紙利用の継ぎ合わせなどによるもので、その記載内容からも間に合わせの借用記事と認められ、同被告人の新らしい編集意図を示すものではなく、専ら他紙利用による記事作成に重点があつたものと認められ、その質量から考え買収に対応する記事とは認め難く、むしろ新聞第一五五号を完成する必要上空欄補充の意図から作成したものと考えるのが相当であり、また急造した記事が前記記事ではないとしても、その時間的制約と他紙利用等から考え、その質量に対する評価は右認定以上に判断できる証拠はない。)。従つて右契約当時同新聞は既に塚田支持の論調が確定し、殆んど同趣旨の記事で纒められていたものであり、右契約の成否如何によりその編集が全面的に左右されないし左右することはもはや時間的にも不可能な状態であつたと考える。しかも被告人高橋は掲載記事に対し何ら指示注文をしていなかつたのであり、契約成立後の補充記事も前記程度のものと考えられる以上、右契約により被告人渡辺の新聞編集に対する自主性には影響を与えていないものと認めるのが相当である。

(五)  現金三三万円授受の趣旨について

(1)  以上認定の事実及び本件記録を総合して考えると、前記契約当時、被告人渡辺は既に塚田一辺倒の立場にあり、同選挙に際しても塚田支持の態度は決定され、その発行する前記読本及び新聞についてもその態度が反映しており、被告人高橋も政治経済新聞の定期購読者であり、被告人渡辺の立場とその発行紙の内容が塚田支持の傾向にあつたことを認識していたものと認められる。そして右読本については、政治経済新聞創刊一〇週年記念として、来るべき知事選挙に際し、当時まだ塚田独走態勢と認識されていた昭和四〇年二月ころからの長期的計画出版であり、その発行準備も整つた後において被告人渡辺の被告人高橋に対する大量の売込み交渉が開始され、その際新聞第一五五号の売込みは全く念頭になく、被告人高橋も右読本出版については既に協賛金も提供し、その出版の趣旨も了知している関係にあつたもので、たとえ被告人渡辺の右交渉が同選挙に際し、これに乗じてなしたものにもせよ、その目的は営業上の出版物たる右読本の売りさばきそれ自体にあつたことは明らかであるというべく、その意図は売込みに格好な適格者に対し商機を逸しまいとする営業上の利潤追求にあつたものというべきである。従つて被告人間に、右選挙に関し塚田のため有利な読本の発行を条件に、あるいは同様の新聞発行と併用した条件のもとに報酬を供与しようとし、ないしは報酬を要求する等の意図があつたものとは到底認め難く、前記読本に関する契約は営業取引としての売買行為によるものと認めるのが相当である。そして右売買契約が成立した直後、被告人渡辺の態度から急遽一〇月一日付の新聞第一五五号の契約が派生するに至つたものであるが、その当時同新聞については、前記の如く大部分の編集、割付も纒められていたものであつて、被告人渡辺が頭初から塚田のためことさら有利な記事を掲載することにより、被告人高橋からその報酬をえようとの意思があつたものとは認められず、また右契約時そのような編集、割付を企画する時間的余裕もなく、その補充記事も新聞完成のための空欄補充にとどまるものであつて、同新聞が塚田支持の色彩を帯びたのはもともと塚田支持の立場から構成されたものであり、右契約が成立したからといつてそのような編集に変える必要もなかつたものというべきである。そして被告人高橋としても、被告人渡辺が塚田支持の立場にあり、未発行とはいえ右新聞もその論調は読本と同様であるとの認識から、前記読本代金との見合いを考えて新聞の部数も一万部と限定(契約部数以外の授受については被告人高橋の関知しないこと前記のとおりである)し、一面において塚田に有利な新聞を購入して、選挙に関し選挙運動のため利用しようとし、他面において被告人渡辺の不満を緩和して出費を適当に調節しようという計算上の配慮から新聞の売買契約をしたものと認められるのである。従つて被告人らにおいて、大量の新聞売買によりあるいは新聞売買を仮装して、新聞の不法利用を依頼し、または依頼され、その報酬の供与を申込み、もしくは約束し、またはその申込を承諾し、もしくは要求した結果金員受供与がなされたものとは認め難く、右行為は読本及び新聞第一五五号の売買取引行為であり、その授受された現金三三万円は、読本二、〇〇〇部に対する代金二〇万円と新聞第一五五号一万部に対する代金一三万円の合計金額で、いずれも売買代金と認定するのが相当である。

(2)  ところで被告人らの捜査官に対する各供述調書中には、前記公訴事実にそう供述記載も存するので、なお検討を加えることとする。

被告人渡辺の司法警察員に対する昭和四〇年一一月一九日付、検察官に対する同年一一月一八日付、同月二四日付、同月三〇日付(記録六九六丁以下)及び同年一二月六日付各供述調書によると、被告人渡辺は、新聞第一五五号については被告人高橋との契約成立後編集にとりかかり、同被告人のために印刷したもので、同被告人としてもローカル紙を利用して塚田の選挙に有利な記事を書いて貰いたかつたので金を出したものであり、私としても一万部買うのでなければ塚田一辺倒の記事を書かなかつたと思う。そして読本を引受けて貰つているし、同時にその関係で損も出たので、その損失分を塚田をほめた記事で新聞を編集すれば一三万円貰えるので、いまさら塚田の悪口も書けず、吉浦をけなして塚田をほめて編集した。一三万円は塚田のため有利に新聞を編集発行するということに対する報酬で、その算定基準を新聞一部一〇円のほか読本の損失を埋め合わせ、記事による票集めの骨折に対して三円のプレミアムを付加したことによるものであつて、出来上つた新聞を売るという意味ではなく、また読本代金も同様の趣旨によるものである。結局現金三三万円は読本代とか新間代とかの区別がなく、選挙に関し塚田のため有利な記事を掲載発行し、あるいは票集めの骨折りに対する一括した報酬である旨、また被告人高橋の司法警察員に対する昭和四〇年一一月一五日付(記録七〇七丁以下)、検察官に対する同年一一月一九日付、同月二九日付及び同年一二月七日付各供述調書も、ほぼ右と同趣旨の供述記載が存するのであるが、前記契約時新聞第一五五号の編集、割付の状況は既に認定したとおり殆んど完了に近い状態にあつたものであつて、その掲載記事も既に塚田支持の論調で纒められており、契約の成否如何により記事を変改することは時間的にもできなかつたばかりでなく、読本発行の手前からもその立場を変えて記事を掲載することは不可能の事態にあつたものというべきである。従つて契約成立後編集にとりかかり塚田一辺倒の記事を書いたとか、一三万円貰えるので塚田のため有利な新聞を編集発行したとかの点は、形式的な結果に惑い、基本的な事実を捨象し、行為の目的ないし意味を考えずになされたものというべく事実に符合しない飛躍的供述として措信し難いものである。しかも読本については、前記のとおりいわゆる言論買収の対象にならないばかりでなく、売買であることは既に認定したとおりであるので、その二、〇〇〇部に対する二〇万円は売買代金として当然区別さるべき性質を有するものである。そして右読本の売込部数が所期する部数を大きく減少したとはいえ、被告人渡辺としては、既に出版資金六〇万円を獲得し、定価による売買がなされた以上利益こそあれ、何らの損失をも生じていないことが認められるので、その売込予定部数減少による収入減は身勝手な思惑外れであるというのほかなく、従つて右代金二〇万円には何らの報酬性をも含むものではなく、また新聞ないし新聞代金により損失補償を求めうべき筋合いのものでもない。それ故新聞代金が一部一〇円相当のところ一三円にきめられたとはいえ、読本に対する損失補償を含むことは勿論新聞編集に対する対価を含むものとは認めえないのみならず、同紙は年間の賛助購読料に依存しているものであつて分売定価がなく、交渉時被告人渡辺においても印刷費の見積りを高くしてその価額の相当性を主張している事実も存し、読本に続く一連の売込交渉として営業上の利潤追求を策したものというべく、取引の客体も未発行とはいえ近く発行される一〇月一日付新聞第一五五号一万部と特定されているので、その代金決定は新聞売買の対価として、前記の如く被告人ら双方のそれぞれの立場から決定したものと考えるのが相当である。従つて右一三万円が、選挙に関し塚田のため有利な報道及び評論を掲載したことに対する報酬とみることは根拠がなく、また報酬性を含むべき理由も認め難く、いわんや読本との統一報酬の性質をおびるものとは到底考えることができない。もつとも被告人高橋の前記各供述調書中には、なお右金員の趣旨につき、塚田のため有利な記事を書いて貰い、新聞の力を利用して塚田の選挙運動をしようという気持と、同時にまた渡辺を吉浦側に廻して塚田の悪口を書かれるのがこわいため金で塚田側にくいとめておきたいという二通りの気持があつた旨述べているのであるが、前記のように被告人高橋は、当時政治経済新聞の定期購読者であつて、被告人渡辺が塚田一辺倒の立場にあることを認識しており、被告人渡辺も交渉当初から終始それを強調していたのであるから、読本についてと同様新聞についても当然同一論調にあるものとの認識を有し、これが読本売買との関連において、利害感情、利用価値、負担減少等の理由から新聞購入の動機を形成するに至つたものと認められるのであつて、その動機形成の主目的が、後援会員の要望、終局的には選挙民に対する塚田の業績を訴え、あるいはその悪宣伝を否定する塚田に有利な文書を入手し、配布しようとの意図に出ていることを考え合わせると、被告人高橋としては必要なのは選挙運動に利用する右配布文書なのであつて、当時既に塚田支持を強調し、読本の売買契約をも締結した被告人渡辺を、未発行でその編集状況も不詳であつたとはいえ、塚田のため有利な記事を新聞に掲載させようとの意思からことさら買収しようとしたものと考えることは不自然であつて首肯し難く、むしろ前記認定事実及び記録を総合して考察すれば、右供述の真意は、右配布文書として塚田に有利な記事が掲載される新聞を購入し、選挙運動に利用しようと考えたその意思を表明したものであり、同時に右交渉に際し、選挙を控えた塚田陣営の者として、この種交渉における弱味をも述べたものとして理解するのが相当であり、結局右供述記載部分は新聞購入の動機ではあるが、買収の意図を認めたものとみることは危険であると考える。

以上被告人らの前記各供述調書中には、それぞれ本件公訴事実にそう部分があるけれども、全証拠を検討するに、その金員授受の趣旨については基本的な認定事実と遊離した不当のものとして採用すべきものではないと考える。

(五)  結論

以上の理由により、被告人渡辺の行為中には無資格紙の地位利用による不公正な報道及び評論の掲載違反に該当する点があり、また被告人高橋の行為中には法定外文書頒布の禁止を免れる違反行為等に該当する余地があるとしても、被告人らの本件行為がいわゆる言論買収の罪に該当するものとは認め難いので、本件訴因については犯罪の証明なきものとして刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 高山政一)

昭和四〇年一二月七日付起訴状掲記の公訴事実

被告人は昭和四〇年一一月一四日施行の新潟県知事選挙に際し、塚田十一郎が同選挙に立候補すべき決意を有することを知り、同人に当選を得させる目的をもつて、未だ当人の立候補届出のない同年九月下旬、新潟市西堀前通り六番町、西堀ビル内塚田後援会連合事務所において、同選挙区の選挙人で、同市中山一三〇番地所在の月刊新聞「政治経済新聞」社の経営を担当する渡辺惣次郎に対し、来るべき同選挙に立候補する意図のある右塚田十一郎のため、同新聞紙上に有利な報道又は評論を掲載することを依頼し、あわせて同様同人に有利な「塚田県政読本」を発行するなどによる選挙運動を依頼し、それらの報酬として、後日現金三三万円を供与する旨の約束をし、よつて、右渡辺をして、同年一〇月一日付同新聞紙上に塚田十一郎の主義政見等を紹介してたたえ、これを支持する者が多く、県政における同人の活躍が期待される旨の選挙に関する報道及び評論を掲載させ、同年一〇月六日ころ、同市学校町通一番町八番地、源川旅館において、右渡辺に対し、前記約旨に基く報酬として、現金三三万円を供与したものである。

昭和四〇年一二月九日付起訴状掲記の公訴事実

被告人は昭和四〇年一一月一四日施行の新潟県知事選挙に際し、同選挙区の選挙人で、新潟市中山一三〇番地の自宅において、月刊新聞「政治経済新聞」社の経営を担当するものであるが、同選挙に立候補する意図をもつ塚田十一郎の選挙運動者である高橋正治から、まだ右塚田の立候補届出のない同年九月下旬、新潟市西堀前通り六番町、西堀ビル内塚田後援会連合事務所において、来るべき同選挙に右塚田の当選を得しめる目的の下に、右新聞紙上に右塚田のため有利な報道又は評論を掲載すること、及び、同様同人に有利な「塚田県政読本」を発行するなどによる選挙運動をされたい旨依頼され、それらの報酬として後日現金三三万円を供与すべき申込をうけて承諾し、よつて、同年一〇月一日付同新聞紙上に塚田十一郎の主義政見等を紹介してたたえ、これを支持する者が多く、県政における同人の活躍が期待される旨の選挙に関する報道及び評論を掲載し、同年一〇月六日ころ、同市学校町通一番町八番地、源川旅館において、右高橋正治から、前記約旨に基く報酬として現金三三万円の供与をうけたものである。

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